《皮革製品修復ラボ(38)》「大切な靴台無し」怒って泣いて決意新たに

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《皮革製品修復ラボ(38)》「大切な靴台無し」怒って泣いて決意新たに

2016年06月25日

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皮革製品 修復ラボLesson.38 女性技術者

名実ともにエースの彼女のストーリー

前回までで、美靴工房が百貨店に出店し、1週間で平均300万円の売上げをあげていること。そして、ゴミ扱いから、百貨店の一等地に出店できるようになった道のりについてお話した。

百貨店に来るお客さんの行きつけと並び立てるようなブランディングを行っているというのは、前回触れたとおりだ。

さて、その美靴工房の中核を担っているのが、白衣を着た女性技術者たちだと述べたが、はじまりをつくった1人を紹介したいと思う。保科美幸という技術者で、今ではファッション誌やTVなどで取り上げられ、名実ともに美靴工房のエースだ。しかし彼女も、最初からこうだったわけではない。数あるエピソードの中から1つ...。

イラストは誌面に登場する保科さんのキャラクターイラスト雑誌「ブランドJOY」で革製品のお医者さん
「ブランド女医(じょい)」として連載を持っている保科美幸さん、イラストは誌面に登場する保科さんのキャラクターイラスト。

求人を募集したら、素人の保科が応募してきた。はじめて会った時は、髪を明るく染めたふつうの女の子だった。

知識ゼロからスタートしたが、女性的繊細な感性の持ち主で、努力を惜しまない彼女はみるみる接客力と技術力をつけ戦力になってくれた。そこで創業メンバーで保科にひとつ、ブランドのいいパンプスを買ってやろうという話になり、フェラガモの靴を一足プレゼントした。喜んで履いてくれ、傷んできたころにそれを持って横浜市内の靴クリーニングの店に出してもらった。市場調査のためだ。

クリーニングが終わって靴を受け取った保科は顔色を変えた。その店は、その靴の艶加工をとってしまい、言うに事欠いて「変な艶があったのでとっておきました」と言ったのだ。間違いなく、洗浄剤による剥離だった。彼女は、一足しかない大切な靴を台無しにされ、その場で怒って泣いた。しかし泣きながら「オリジナルに忠実な、つくったクリエイターをリスペクトする、そんな職人に私たちはなろう」と決意を新たにしたと言う。こういう経験が、技術者を育て、美靴工房をつくりだした。

技術力を磨くだけでなく、この仕事に必要なことを彼女は貪欲に学んで行った。

ブランドのバッグや靴の修理にくるお客さんと会話のレベルが合うように、フレンチやイタリアンの知識も持つようになった。「いいお食事の場所はない?」と聞かれた時に、そのへんのラーメン屋を案内するわけにはいかないからだ。お客さんの行く店に行き、どんなサービスを受けているのか体験もした。

やがてお客さんと仲良くなり、パーティーや色んな場所に一緒に出掛けるようになって、今やいっぱしの雰囲気を身に着けている。ファッション誌やTVにも引っぱりだこで、水原希子さんはじめ撮影目的も含め多くの芸能人も来店している。

前回、「腕が良ければ人が来る」は幻想だと述べた。腕がいいのは大前提で、接客や雰囲気も一定以上のレベルがないと、百貨店の一等地には出店できない。

ブランドリサイクルの業界にとっても、当店の技術者のストーリーがヒントになってくれれば幸いだ。

川口 明人氏
≪筆者 Profile≫ 川口 明人氏

1960年、神奈川県生まれ。根っからの靴、バッグ好き。大学卒業後ヨーロッパに渡りフランスのシューズブランドに就職。帰国後は婦人靴ブランドのマネージャー、ブランドバッグ販売責任者、婦人靴メーカー商品企画・製造責任者などを歴任。皮革製品修復の「美靴工房」立ち上げに参画。現在は同社の専務取締役として女性修復師チームを率い数多くのメゾンブランドから指名を受ける。メディアにも度々取上げられており、質店・ブランドリサイクル店にとっては駆け込み寺的存在。

394号(2016/06/25発行)4面

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