千年質屋【第9回】大進洋行、初代は藍染に失敗したのを契機に質屋を設立

検索

「千年質屋」

千年質屋【第9回】大進洋行、初代は藍染に失敗したのを契機に質屋を設立

2024年06月10日

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

千年質屋 第9回 大進洋行

大進洋行(旧横山商店)は明治時代に創業された愛知県名古屋市の質屋です。当初店は北区清水口にありましたが、太平洋戦争末期の名古屋大空襲で焼失。戦後、質流れ品を売った資金で北区大曽根にて店を再開。質屋と並行して複数の事業を手がけ、苦しい時期を乗り越えました。

大空襲による移転を経て社名を「大進洋行」に

創業は明治
屋号は「横山商店」

大進洋行 戦後、北区大曽根に再建された店(左)と区画整理で東区東大曽根 に平成元年に建て替えられた現在の大進洋行大曽根本店(右)戦後、北区大曽根に再建された店(左)と区画整理で東区東大曽根に平成元年に建て替えられた現在の大進洋行大曽根本店(右)

時期不詳ながら、明治時代に設立された「大進洋行(だいしんようこう)」は創業百年をゆうに超える質屋だ。同社の大曽根本店の最寄駅大曽根は、JR東海中央本線、名鉄瀬戸線、名古屋市営地下鉄名城線、名古屋ガイドウェイバスが乗り入れており、名古屋の北の玄関口として人気が高まっている。約80年ほど大曽根で親しまれた同店だが、実は同店の創業地は大曽根ではなかった。

「質屋を設立したのは私の高祖父・三輪悦之助でした。当初は藍染をやっていましたが、藍を腐らせて事業に失敗。弁済のため田畑を売り、夜逃げ同然で現在の北区清水口に行き、質屋を始めたそうです」と語るのは4代目で社長の三輪敏春氏だ。この頃はまだ店もなく、妻のさめがいろいろな所を廻り買い取る行商人スタイルだった。

有料会員登録で記事全文がお読みいただけます

第585号(2024/06/10発行)21面

Page top
閉じる